凄すぎ…ジャニー社長の「神手腕」が分かるエピソード&功績


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■ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川さんが亡くなった

人気男性アイドルとその卵を多数抱える芸能事務所を創業、カリスマとして先頭に立ち続けたジャニー喜多川(きたがわ)さんが87歳で9日死去

郷ひろみ、たのきんトリオ、SMAP、嵐をはじめ、多くのタレントを育てただけでなく、日本のエンターテインメントの礎をつくりあげ、進化させ続けた方

タレント志願者の書類選考からオーディション、育成、舞台演出まで独自に手掛け、ショービジネスに徹してきたジャニー喜多川氏

■いったいどんな人物なのか?

芸能界・テレビ業界に強い影響力を持ち続けてきたジャニー氏は、1931年(昭和6年)アメリカに生まれ、幼少期を日本で過ごすも、終戦後に再渡米。

愛称は「ジャニーさん」。血液型はAB型。アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。3人姉弟でメリー喜多川は姉。その娘で、ジャニーズ事務所の代表取締役になった藤島ジュリー景子は姪

アメリカの高校を卒業後、52年に姉と共に来日。上智大学在学中の55年、バンドを結成して芸能界に入る。62年にジャニーズ事務所を創業

■様々な功績を残す

数多くの男性グループ、歌手、タレントをプロデュースし、国民的な存在へ育て上げ、シングル1位獲得作品数は実に439作品にのぼり、総売上枚数は1億4821万枚

シングル作品としては、郷ひろみ「よろしく哀愁」が1974年10月28日付で1位を獲得以降、最新2019年7月1日付の山下智久「CHANGE」まで全439作品が1位を獲得

田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊、少年隊、光GENJI、男闘呼組、忍者、SMAP、嵐……。その後もジャニーさんの“原石”を見出す眼力とプロデュース能力で、たくさんのスターを誕生させた

■凄すぎる…

・チャート1位を獲得した歌手を最も多くプロデュースした人物 歌手35組・最も多くの№1シングルをプロデュースした人物 1974年~2010年40組以上のグループ 計232曲がNo.1・最も多くのコンサートをプロデュースした人物 2000年~2010年 8419回

これら3つの「ギネス記録」を持っています。

昭和の時代、名実ともに男性アイドルを手がけるプロダクションの頂点に君臨したジャニーズ事務所。そのステータスをさらに決定的にし、芸能界におけるパワーゲームの覇者にしたのが90年代、SMAP

ジャニー社長個人の年収も巨額だ。かつて公開されていした資料によれば、1998年のジャニー氏の納税額は3億5666万円。その数字から、所得は10億6900万円と推定

■凄いのは人を見抜く「眼力」

自薦、他薦で事務所には数多くの履歴書、写真が送られてきます。ジャニーさんは、それらすべてに必ず自分で目を通しました。他の人にはやらせない。かなりのスピードで写真の束をより分けて、その手がときに、はっと止まる

子どもたちが最初“誰、このオジサン?”と思っていると、ジャニーさんが“これからオーディションやります”と言うんです。そこでのリアクションで、裏表がある子なのかどうかを見極めていた

ジャニー喜多川社長がみずからスカウトして入所した者もいる。すでに退所している郷ひろみ、野村義男、元光GENJI・諸星和己は、そんなレアケースだ。現役ジャニーズでは、所属最古の近藤真彦に次いで古い東山紀之が、ジャニー氏のスカウトによって入所

■更に「ビジネスマン」としても最強だった

ジャニーさんの類まれなスキルとして、真っ先に挙げておきたいのは、タレント(商品)の育成システムを作ったこと。

チームの監督として、適材適所のプレイヤーを選抜し、フィールドに立たせ、なおかつ勝てるチームに育てあげる力量は、当代隋一のもの

タレントの活躍の場が舞台だけでも、またテレビだけでも、今のような事務所の力を得ることにはならなかったでしょう。それぞれで活路を見出したということは、ジャニーさんの功績

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